「ニハソノ」は「庭園」の訓読み。そんな言葉は抑もありません。(※ 注1.)
「ニハ」と「ソノ」の意味が違うことは、万葉の時代の歌から読みとることができます。
この歌はまさにこの茨城県のあたり、「常陸国」の娘子が詠んだ歌です。次に「ソノ」をつかった歌、
仕事場の土っぽい「ニハ」と、木が植えてあるような飾り気のある「ソノ」。
「ニハ」の言葉は現代において意味が広がり、用途は何であれ家の前の空間を指すようになりました。「庭園(ていえん)」は兔に角その両方を一括りにした合理的につくられた言葉なのでしょう。
「ニハソノ」は万葉の頃を想いながら自然な庭を現代において提案して行きたいということ。
お庭で子供と一緒にすることは、全て子供の貴重な「経験」に。
野菜作りの小さな農業体験は、食育に繋がり、収穫があればハッピーなお庭ランチ。自分でもぎ採ったトウモロコシをその場で生で食べれば「新鮮ゆえのおいしさ」を知るでしょう。お庭ランチには刃物の使い方と料理の段取りを一緒に。不作のときは「なぜ?」を考えて....微生物、土壌の状態、野菜の病気、菌について、害虫と呼ぶ虫たちについて、季節と気温についてなど、ママが上手に質問をつくれば、学習してしまうでしょう。昨今取り沙汰される「理科離れ」に圧倒的に足りないのは、実際の経験。
家族のために無農薬・有機肥料のほんのちょっとの野菜づくり。少し余裕があればパパのDIY、家、家具のリノヴェイション、自転車をカスタマイズ。ムシロを広げて梅を干し、採ってきたキノコも干してしまいましょう。庭の野草も干して煎じてお茶にして、毎日の生ゴミを処理する場を決めて堆肥に変えたり。
「園」ではママがお花を植え、パパは背丈ほどの樹を植える。庭からとった雑草の花は一輪挿し。葉っぱをつかって料理を飾り、茶と酒で友人たちと笑い、美味しいランチをお庭でとる。アウトドアの経験があれば、庭にツエルトを張り、地球に寝る気持ち良さを知ることでしょう。(初体験ならば、庭で遭難しないように、パパは充分予習しなければなりません!)
庭の木陰で、エアコンも扇風機も自然の涼しさに適わない事を知るでしょう。子供自ら摘み取ってきた花は、コップに入れてあげて。たとえお庭でちょっとした怪我をしたとしても、時間が経てば思い出と経験。家族が幸せをいつまでも感じるならば、お庭の草花も途端に雑草ではなくなります。
梅の香り、沈丁花の香り、クチナシの香り、イチジクの熟れた香り、草刈りの匂い、腐葉土の匂い。体験は何年経っても嗅覚で呼び起こされ、家族の時間はいくつになっても蘇り、次の世代に渡ります。
デザインとは見栄えのことではありません。「ニハソノ」は庭造りを新しい視点でお手伝いします。
注1. 「庭園(ていえん)」という言葉が広まるのは明治半ば以降です。
その頃までは「林泉(りんせん)という言葉がつかわれていました。」